日本海軍 400時間の証言

時間の証言 日本海軍

Add: pinobabo86 - Date: 2020-11-21 19:22:13 - Views: 3731 - Clicks: 7968

日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦 nhkスペシャル取材班 新潮社 中国と戦争を続けるためにアメリカと戦争する。 ちょっと何言ってるかわからない。. 戦後35年が経過した昭和55年から11年間、海軍の中枢・『軍令部』のメンバーが中心となって秘密に. NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言. 日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦 ¥ 1,100 NHKスペシャル取材班 、新潮社 、年刊 、395頁 、46判. 前にNHKスペシャルで 「日本海軍 400時間の証言」 という番組があり(これ)、当blogでも取り上げた(ここ)。 また先日、このことについて半藤一利氏らが語る 「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~」 (年12月7日放送)も見た。. 日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦 nhkスペシャル取材班 新潮文庫 日本海軍400時間の証言: 軍令部・参謀たちが語った敗戦 (新潮文庫) 作者: nhkスペシャル取材班 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: /07/28 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (10件) を見る 本書は. 日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦 (新潮文庫) 著者 NHKスペシャル取材班 (著).

日本海軍 400時間の証言/ 第二回 特攻 やましき沈黙(1):13:13 | Weblog 以前書いてそのまま放置し、忘れていた記事です。. 日本海軍 400時間の証言第一回 開戦 海軍あって国家なし. nhkスペシャル 日本海軍 400時間の証言 dvd-box - (ドキュメンタリー) - dvdの購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!.

More 日本海軍 400時間の証言 videos. 去年、元海軍将校の遺品の中から大量のカセットテープ225巻、時間にして400時間が見つかりました 「海軍反省会の記録」 開戦時、海軍の中枢にいた人たちが戦後密かに集まり誰にも語っていなかった記憶を打ち明けていたのです。. 「NHKスペシャル、海軍400時間の証言/1~2回」。昨晩ようやくこのシリーズが終わった。毎回1時間で3回だったが、書くと. ・呉市海事歴史科学館の館長、戸髙一成氏から「海軍反省会」の録音テープの存在をNHKスペシャル取材班のスタッフが聞き、それを集めていくプロセスが述べられていました。 「海軍反省会」は昭和五十五年(一九八〇年)から平成三年(一九九一年)の第百三十一回まで開催されたそうです。 ・参加者の中で最も若かった平塚清一元少佐が九十二歳の時にスタッフが訪問して後半のテープを受け取ることができ、海軍反省会の幹事を第一回からやっていた土肥一夫元中佐の家族からも初回からのテープを受け取ることができ、海軍反省会の大部分が記録されたテープを確保できたそうです。 ・海軍反省会に参加している海軍元幹部、海軍の中枢に居た者たちの話が聞けたこと、その話の内容、言い訳に憤りを感じたことが述べられていました。. ・海軍反省会のテープを聞いて内容を把握するために、発言者の特定と発言者の役職・ポジションを把握する必要があったそうです。 ・軍令部作戦課参謀だった佐薙毅元大佐、三代元大佐の発言で、開戦しなければ陸軍に内乱を起こされる、そうなれば海軍は人数上陸軍に敵わないから陸軍に鎮圧される、と永野修身総長が話していたこと、その永野総長が昭和天皇に対して「寧ろ此際打って出るの外なし」と伝えたのは海軍の保身のためだったことが述べられていました。 東條首相も「海軍が反対すりゃできません」と言っていて、内乱が起ころうが海軍が反対すれば戦争はできなかった、という話も出てきました。 ・海軍反省会の発起人である野元元少将が、皇族の伏見宮博恭王が軍令部総長に八年間も就任していたことで、軍令部の発言力が強まり、海軍の空気が出来上がったこと、その発端は昭和七年に軍令部次長だった高橋三吉大将が皇族の伏見宮博恭王を担いで軍令部総長に祭り上げ、軍令部の権限を強大化した、という話をしていたそうです。 ・海軍内に設置された「第一委員会」という部署があり、その部署で昭和十六年に作成された「現情勢下に於て帝国海軍の執るべき態度」という文書があり、石油供給が禁じられ次第開戦すること、陸軍を戦争決意の方向へ誘導することが書かれてあり、開戦までのシナリオとして出来上がっていたことが述べられていました。 この第一委員会はかなり閉鎖的な組織で要職にある別部署の人間すら立入禁止にし、たった四人で活動していたそうです。 この第一委員会の報告書を読んで永野軍令部総長は鵜呑みにして昭和十六年に文書が出て以降、急に強硬派に転じて主戦論を唱えだしたそうです。 永野総長が「寧ろ此際打って出るの外なし」と伝えたのはこの文書が出た翌月のことだったそうです。 この文書を作成したのは石川信吾元少将がメインだったそうで、それ以前にも過激な文書を作成した経歴もあったそうです。 ・アメリカが石油全面禁止措置を講じた直接のきっかけである南部仏印進駐を、当時の海軍はそこまでは問題ないと根拠のない確信を持っていて、アメリカが怒ったことに驚いていたこと、開戦決意は基本的に見せかけで、予算を確保するために表向きは主張していたこと、開戦直前で日米交渉妥結して予算だけを確保したいと考えていたこと、なども語られていました。 ・昭和十一年に定められた帝国国防方針の. 『nhkスペシャル 日本海軍400時間の証言 dvd-box』 品番:nsdx-17123 メーカー希望小売価格:11,400円+税 発売日: 収録話:第1回~3回 dvd 3枚組 全1box 収録時間:本編174分+特典映像73分 製作年:年 製作国:日本 ジャンル:ドキュメンタリー 【収録内容】. nhkスペシャル 日本海軍 400時間の証言 dvd-box 全3枚セット 「nhkスペシャル 日本海軍 400時間の証言」関連dvd.

昨夜、NHKスペシャル「日本海軍400時間の証言第一回開戦海軍あって国家なし」を見た。いろいろと思うところがあったので簡単にまとめておきたい。海軍の作戦立案に携わった軍令部の生き残りが、戦後に集って行なった戦争の分析。その、いわば“反省会”の模様を録音した、のべ400時間にも. 日本海軍400時間の証言 - 軍令部・参謀たちが語った敗戦 - 日本放送協会 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. 引用>日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦 単行本 – /7 | 日本海軍 400時間の証言 イエスと釈尊と道元和尚を考え続ける。日本人と日本の歴史と日本語とを学ぶ。. 本著はNHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」の取材ノートを書籍化したものです。 テレビ番組には収録出来なかった400時間の録音テープという第一次資料と、発言者の遺族を訪ね歩いて取材した第二次資料を集積し、製作スタッフが自ら筆を執った第三次資料です。. ・回天の元搭乗員の佐藤登氏の話で、上官から「戦局を打開するため、若い者を必要とする兵器ができた」と告げられ、特攻兵器であることが告げられないまま募集され、周りで声をかけられたものはみな希望に○をつけたそうです。 選抜された百人の一人として飛行機の運転をしていた佐藤氏が広島の呉の潜水艦部隊の基地につき、魚雷についての講義を受けて不思議に思っていたあとで水雷参謀の少佐に回天を見せられ、それぞれ回天に一人ずつ乗り込んで、出た時にはこれが自分の棺箱だと気づいて唇の色がなかったそうです。 佐藤氏ら搭乗員は過酷な訓練を繰り返し、発進すれば相手に体当たりするかどうかにかかわらず必ず死ぬ任務のために備えていたそうです。 佐藤氏は当時、回天の搭乗員であることを誇りに思っていたそうです。 ・回天の元搭乗員の坂本雅俊氏は、同僚と声を掛け合い、死の恐怖を克服しようと励まし合ったりしていたそうです。 坂本氏は多聞隊という部隊に配属され、入れば後は出撃するしかない「神の部屋」と呼ばれる部屋に六人で入り、回天に乗り込み、準備していたものの、六人の中で体調の勝山中尉のみが出撃したそうです。 その五日後に五人で回天に移って待機したときは川尻一飛曹のみが出撃して四人の搭乗員が残ったそうです。 終戦の年の八月四日に坂本氏らを載せた潜水艦が爆雷攻撃を受け、四人で回天に乗り込んだものの、坂本氏ともう一人の回天はエンジンに火が点かず、酸欠で倒れ、潜水艦の乗員に助け出されて呉の基地に帰港したところで終戦を迎えたそうです。 生き残ったことで、回天で出撃した同僚たちに申し訳ない思いをし続けていたそうです。 ・軍令部第一部長の中澤元中将の最初の特攻とされる昭和十九年十月より一年以上前の日記に「必死必殺の戦法」「戦闘機による衝突撃」などのメモがあり、また軍令部第二部長の黒島元少将が特攻兵器を提言したことも書かれていたそうです。 ・黒島元少将は部下からは親しみを込めて「変人参謀」と呼ばれ、慕われていて必死を前提とした作戦を考えていたとは思えなかったそうです。 ただ、作戦の実現にかける執着の強さは見られたそうです。 黒島元少将は、戦後は知人宅で世話になり、ノートに数学や人生、霊魂等について書き溜めていたそうですが、特攻については一言も触れられていなかったそうです。 ・黒島元少将と共に特攻作戦を企画した源田元大佐は特攻. 「日本海軍はなぜ過ったか 海軍反省会400時間の証言より」を読んでいます。 本の帯より~ 「責任は東条英機一人ではない。むしろ、海軍側にある」 「海軍反省会」録音テープに残るトップエリートたちの生の声。 その衝撃をめぐる白熱の鼎談。. See full list on osaru-books.

・軍令部一部部長だった中澤佑元中将の遂行会の講演で「中央で特攻を指示したことがない」と発言していて、それはおかしいと鳥巣健之助元中佐が海軍反省会で糾弾していた話が最初に出てきました。 「志願者がいれば特攻に採用」という話が語り継がれてきた中で、それが虚構であるという指摘でした。 最初の神風特攻より前に、人間魚雷と呼ばれる回天がすでに準備されていて、それを使用する指令が神風特攻の3ヶ月前には出ていたそうです。 この糾弾した鳥巣元中佐は回天作戦のために設立された第一特別基地隊で回天搭乗員を送り出す立場だったそうです。 ・水交会で中澤元中将が講演で特攻に触れた時、全く中央の責任には触れていない講演で、その講演の質疑応答で妹尾作太男(せのおさだお)氏が、中澤元中将が特攻について承認したのではないかと糾弾し、中澤元中将が言い逃れようとする内容がテープに残っていたそうです。 妹尾氏は終戦の半年前に海軍兵学校を卒業して海上自衛隊に入った人で、特攻に関する内容も含めた戦争の資料を集めて研究していたそうです。 ・海軍では神風特攻隊だけではなく、回天特別攻撃隊や特攻作戦のためだけに開発された「桜花」、ベニヤ製のボートに車両用エンジンを載せただけの、爆薬を積んで特攻するボート「震洋」、戦車を改造した特攻兵器「特四式内火艇」、潜水服に機雷をつけた「伏龍」など、様々な特攻兵器が考案され、計画されていたそうです。 この特攻作戦を考案し続けた人は、黒島亀人元少将で、山本五十六元帥の参謀だったそうで、海軍で神格化されてしまった人物だそうです。 この黒島元少将や、その部下の源田実元大佐が特攻作戦を企画し、進めていたそうです。 計画上は表向き志願者より特に希望するものを集める、となっていたそうですが、実際には、回天搭乗員に「マル兵器」と伝えて特攻兵器であることを伏せて募集が行われていたそうです。 ・特攻の話について反論を続けていた三代元大佐の話への質疑応答で、小池猪一元中尉が、航空特攻は他の特攻とは異なり、志願という形を撮っているものの、編成という形で命令されていたことを指摘していました。 三代元大佐は人によって言い方が違っただけだ、等のまともには答えない形で対応していて、小池元中尉は指揮官の絶対数が少なく、訓練されないままに特攻していったことを指摘し、それも三代元大佐はうやむやにして返していま. ・太平洋戦争中はドイツにいて大使館付武官輔だった豊田隈雄元大佐は海軍反省会で「・・・陸軍は暴力犯。海軍は知能犯。いずれも陸海軍あるを知って国あるを忘れていた。敗戦の責任は五分五分であると」と発言していたそうです。 豊田元大佐は戦争に直接に関わっていない立場から、戦犯裁判の戦争裁判事務に携わり、ナチスドイツの戦犯を裁くニュルンベルク裁判を徹底的に研究し、日本海軍の潜水艦部隊が民間商船を攻撃し、非戦闘員を射殺していた「潜水艦事件」が軍令部の指示であった場合は、軍令部総長の嶋田繁太郎大将らは監督責任に問われることから、現場の第一潜水隊司令で敗戦後に艦上で自決した有泉龍之助大佐が現場の判断で全て行ったことにし、軍令部の人間は有罪を免れたそうです。 ・有泉大佐と同時期に司令部に勤務していた元海軍主計大尉で博報堂の社長・会長を歴任して最高顧問になっていた近藤道生氏の証言で、有泉大佐が民間人への攻撃を拒否して口論していたことが述べられていました。 近藤氏は無謀な作戦を立てて、現場の者に現地調達を強制し、今に至るまでの反日感情を生んだ軍令部を始めとする軍中央について批判を述べていました。 ・「潜水艦事件」の証拠として、第一潜水戦隊司令の三戸寿少将(後に中将)の署名のある「作戦命令書」が東京裁判の検事側から提出されたものの、それは軍令部から指示を受けたものではなく、命令書も偽造されたものであると主張したそうです。 豊田元大佐が三戸中将に後に聞いたところ、それは本物であると言われたそうです。 当時は命令を書面で残さないように口頭で済まそうとしたものの、現場部隊の艦長たちに強く反発されて命令書が残った、という経緯のものだったそうです。 軍令部で民間人も殲滅する作戦を最も強く主張したのが富岡定俊作戦課長で、敗戦後は裁判対策に関わる史実調査部の初代部長になった人物だったそうです。 裁判に向けて実態調査にあたった中島親孝元中佐は、相談に来た者に「全部本当のことは言うな」と指導してうやむやにしたと海軍反省会で報告していたそうです。 ・「潜水艦事件」の文書焼却を指導した人物がこの事件の命令書を作成した当事者である三戸元中将で、第二復員省の初代次官に就任してから戦犯容疑で逮捕されるまでの半年間の間は戦犯裁判対策にあたっていたそうです。 ・オーストラリア兵およびスパイ容疑の現地住民を不当に処刑し. この間NHKの『海軍400時間の証言』の事を少し書いた。 この番組を見て海軍軍令部という存在と実態を知り、呆然としてるんだけど、この番組を司馬遼太郎さんが見てたら、どう言ったのだろうか?. 証言400時間、10年かけ編集 大和ミュージアムの戸高館長、「海軍反省会」で菊池寛賞受賞 /11/29 20:04 「海軍反省会」全11巻を前に、編集作業を振り返る戸高さん. 日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦 新潮文庫 - NHKスペシャル取材班のページをご覧の皆様へ HMV&BOOKS onlineは、本・CD・DVD・ブルーレイはもちろん、各種グッズやアクセサリーまで通販ができるオンラインショップです。. Enjoy the videos and music you love, upload original content, and share it all with friends, family, and the world on YouTube. NHKスペシャル取材班『日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。読書メーターに投稿された約68件 の感想・レビューで本の評判を確認、読書記録を管理することもできます。.

日本海軍 400時間の証言 第二回 特攻 やましき沈黙 年 8月10日(月). “Nスペ 日本海軍 400時間の証言”. 年1月8日 閲覧。 NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 - nhk名作選(動画・静止画) nhkアーカイブス. 日本海軍400時間の証言録・海軍反省会ダイジェスト【Web特別連載】 戸髙一成 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長 WEB特別企画 <PR>. 「日本海軍 400時間の証言」 NHKスペシャル取材班 日本海軍の元将校たちが集まって戦後に開かれた非公開の会合「海軍反省会」。 その記録テープが見つかった。 元参謀たちの生々しい証言から、海軍が太平洋戦争へ踏み切った経緯、特攻作戦の誕生、東京裁判への組織的な対応など、今まで. 『nhkスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第一回 開戦 海軍あって国家なし』 「海軍反省会」。 戦後35年が経過した昭和55年から11年間、海軍の中枢・『軍令部』のメンバーが中心となって秘密に集まっていた会合である。.

海軍戦争検討会議記録; 高田利種; 海軍機関科問題; 戦争調査会; 外部リンク. 日本海軍のエリートたちはなぜ開戦を決意したのか。海軍反省会での証言から、彼らが組織の人間として、「戦争回避」とは言い出せなくなっていく経緯を浮かび上がらせます。 許諾が得られなかったため、一部映像を編集して配信します。hist(c)nhk.

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